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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)7595号 判決

原告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

本島信

堀川文孝

被告

株式会社新潮社

右代表者代表取締役

佐藤亮一

被告

後藤章夫

被告

多賀龍介

被告

小平尚典

右被告ら訴訟代理人弁護士

多賀健次郎

武田仁宏

右被告ら訴訟復代理人弁護士

中村幾一

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金九〇万円及びこれに対する昭和五八年四月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告らの連帯負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五八年四月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは、原告に対し、別紙記載の「謝罪広告」を、全国で発行される朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、東京新聞の各朝刊(全国版)の社会面突出し広告欄に、縦6.5センチメートル、横八センチメートルの枠組みで、「謝罪広告」の見出しは、1.5倍ゴシック活字、その他の部分は一倍偏平活字をもつて、各々一回掲載せよ。

3  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

4  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、昭和三一年三月五日生まれの結婚歴の全くない女性である。

(二) 被告株式会社新潮社(以下「被告会社」という)は、書籍雑誌の出版等を業とする者であるが、昭和五六年一〇月二三日以来、写真週刊誌「FOCUS」(以下「フォーカス」という)を発行してきており、昭和五八年四月八日ころの同誌の発行部数は一〇〇万部を突破して一五〇万部に迫る状態になつていた。

被告後藤章夫(以下「被告後藤」という)はフォーカスの編集長、被告多賀龍介(以下「被告多賀」という)は同誌の編集記者、被告小平尚典(以下「被告小平」という)は同誌のカメラマンであつて、いずれも被告会社に雇用されているものである。仮に被告小平に右雇用関係がないとしても、被告小平は、被告会社から、編集会議を通じて指揮監督を受ける関係にある者である。

2  違法行為

被告後藤、同多賀、同小平は、他のフォーカス編集関係者らと共謀の上、昭和五七年七月一日ニューヨークにおいて挙行された世界基督教統一神霊協会(以下「統一教会」という)の合同結婚式で結婚してその後間もなく離別した(日本の法律上では、入籍しないまま離別した)旨、米誌「ピープル・ウイークリー」において報道されたタキマ・チエイコことA(以下「A」という)の現在の生活状況を写真に撮影してフォーカスに載せるべく取材しようとして、次のような違法行為をした。

(一) 原告から取材中の違法行為

被告多賀は、昭和五八年四月二日午後、広島県広島市中区の繁華街において、Aの近況を取材するに当たり、原告をAであると誤信して執ように追尾し、原告が終始被告多賀に対して口頭で「自分はAではない。」と明確に否定しているにもかかわらず、原告を勝手にAと断定した上、同市中区の通称「本通り交差点」付近路上において、統一教会の会員である原告に対して、公然と「あなたは統一教会に欺されている。統一教会から抜けた方がよい。」などと執ようにその信じている宗教を誹謗中傷する暴言を吐き、もつて、原告を侮辱するとともに信教の自由を違法に侵害して、原告の名誉ないし名誉感情を毀損した。

(二) 原告を写真撮影した違法行為

被告小平は、Aの取材活動の一環として、昭和五八年四月三日午前九時三〇分ころ、広島県広島市〈住所省略〉山本医院付近において、Aと思い込んだ原告が路上を歩行しているところを遠方から望遠レンズ付きの写真機で盗み撮りし、もつて、原告の肖像権を侵害するとともに名誉を毀損した。

(三) 編集出版過程における違法行為

(1) 被告後藤は、昭和五八年四月八日に発売されたフォーカス同月一五日号(以下「本件フォーカス誌」という)二六頁に大写しにした前記撮影による原告の写真を二四頁ないし二六頁の三頁にわたる「『離婚』も奇々怪々―『統一教会』集団結婚式が生んだ“矛盾”」との見出しの記事とともに掲載した(以下「本件記事」という。)が、右記事は全て「タキマ・チエイコ(24)」なる日本人女性が昭和五七年七月一日ニューヨークにおいて挙行された統一教会主催の集団結婚式で、Cなる米国人男性と結婚したものの現在は離婚して日本に戻つてきていることを報道して、ピープル・ウイークリーに掲載された右女性と右男性の右結婚時の写真とともに右女性の近況写真であるとして原告の大写しの写真を掲載したものである。

そして本件フォーカス誌は、被告会社によつて出版され、全国の書店、販売店などで約一〇〇万部ないし一五〇万部が販売されて、もつて公然と頒布された。

(2) 被告後藤は、フォーカスの編集長として被告多賀ないし被告小平に右原告の写真を取材した過程について報告を求め、被告多賀ないし被告小平からその報告を受ければ当然別途に真偽を確認する方法を取らなければならなくなるのに、漫然と本件記事を編集して本件フォーカス誌に掲載し、これを発行した。

(3) 本件記事は、前記ピープル・ウイークリー誌によつて集団結婚式で結婚し、現在離婚したと報道されている「タキマ・チエイコ」なる人物が原告とは別人であるにもかかわらず、同一人物であるとの印象を一般読者に与えるものであるから、原告の名誉を著しく毀損するものである。

3  故意又は重大な過失

統一教会の合同結婚式は、統一教会という宗教団体を構成し維持する共同関係、共同の関与の形態の一つであるから、それは信教の自由の範ちゆうに属して公共の事実とはなりえない。仮に合同結婚式自体が社会的存在になりうる余地があるとしても、合同結婚式は、個人個人の自由意思と責任において結ばれる一夫一婦間の結婚を何組か同じ場所で行なうものであり、各人の結婚やさらにその離婚は極めて個人的な事柄であつて、当然プライバシーの権利によつて保護されるべきものであるから、各人の承諾を得ずに報道することは許されない。

また、Aは、自ら公共の場に登場して離婚について語つたことはなく、相手の男性がピープル・ウイークリー誌に自ら積極的に離婚について語つたにすぎないから、Aは公的人物にはならない。

以上のように、Aの場合であつても同人の承諾なしに報道目的で撮影することは許されない以上、本件記事は、興味本位の私生活暴露又は人身攻撃を目的としたものであるということができる。

さらに、原告をAと誤信した点についていえば、被告多賀に対し、原告は、終始一貫Aでない旨述べており、Aの母親も、写真をみせられて、Aでないと明確に否定し、Aの元勤務先の上司、同僚らはAにはホクロがないのにこの写真にはホクロがあると、原告とAの決定的違いを指摘している。

以上のような本件記事の目的や取材過程における事実関係からすると、被告後藤、同多賀及び同小平は、故意又は重大な過失により、本件加害行為をしたと断ぜざるをえない。

4  原告の損害

原告は、被告らの故意又は重大な過失による違法行為により名誉を著しく毀損されたほか、次のような損害を受けた。

(一) 原告は、本件フォーカス誌の発売日の翌日である昭和五八年四月九日本件記事に気づいた職場の同僚から、「結婚はしてるつて聞いていないけどほんとうはしていたの」「本当はタキマ・チエイコさん」「広島でなくて鳥取生まれなの」とか言われた。また、実家の方でも本件記事を知り、実母は将来の結婚について心配し、広島県東広島市の市議選に立候補していた実兄からは、実家にしばらく帰らないようにいわれた。

(二) 平凡な一市民である原告は、その影響の大きさに恐れ、外出するときにはしばらくの間サングラスを常用するほどの心理的圧迫を強いられた。

以上のとおり、本件記事により原告が受けた損害は甚大であり、これを回復するには、被告らをして、原告の精神的苦痛を慰謝するための一〇〇〇万円の慰謝料の支払と原告の名誉回復のための謝罪広告の掲載とをなさしめる必要がある。

5  結論

よつて、原告は、被告後藤、同多賀及び同小平に対しては民法七〇九条、七一九条に基づいて、被告会社に対しては民法七一五条に基いて、各自金一〇〇〇万円及びこれに対する本件不法行為の発生した日である昭和五八年四月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、被告らに対し、請求の趣旨第2項記載のとおり、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞及び東京新聞の各朝刊(全国版)に別紙記載の謝罪広告を掲載することを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は、(二)の被告小平についての仮定主張の部分を除いて、とくに争わない。

2(一)  請求原因2の前文の事実のうち、被告後藤、同多賀及び同小平が共謀した点並びに違法行為をしたとの点は否認し、その余は認める。被告多賀、同小平は、被告後藤の指示を受けてAの取材をしようとしたものである。

(二)  請求原因2の(一)の事実のうち、被告多賀がAの近況を取材するに当たり、原告をAであると断定して追尾したこと及びその時原告が被告多賀に対して「自分はAではない。」と明確に否定していることは認めるが、その余は否認する。

被告多賀は「あれは普通の宗教じやない。」「まともな宗教じやない。」という表現を使つたかもしれないが、「統一教会に欺されている。統一教会から抜けた方がよい。」という表現は使つていない。

(三)  請求原因2の(二)の事実は認める。

(四)(1)  請求原因2の(三)の(1)の事実は認める。

(2)  請求原因2の(三)の(2)の事実のうち、被告後藤、同多賀及び同小平の身分関係はとくに争わないが、その余は否認する。

(3)  請求原因2の(三)の(3)の事実は不知。

3  請求原因3は否認する。

本件記事の写真がAでなく原告を撮影したものであつたことはまぎれもない事実であるから、被告らが誤写及び誤写真掲載の責めを免れないところであるが、それは以下に述べるとおり、単なる過失によるものであつて、故意又は重大な過失によるものではない。

(一) 本件記事は、統一教会の合同結婚式に関連する記事であるが、統一教会の諸活動が社会秩序の面で問題化し、社会の関心事となつており、合同結婚式はその活動の一つであり、公共の利害に関する事実である。

(二) 本件記事の取材ないし掲載は、社会問題化している合同結婚式に関する実態を直截、明晰に報道し、読者の知る権利に応えるものと判断してなされたものであり、公益の目的にでたものである。

(三) 撮影された者がAであれば、合同結婚式自体が統一教会の象徴的、宗教的行事として公開され、またAは「ピープル・ウイークリー」誌に明確に全身写真として公開されてすでに公の存在になつているとみられるから、プライバシーの権利としての肖像権は制限され、本件写真撮影は肖像権侵害にあたらない。

(四) しかし、現実には誤つて原告が撮影されたわけであるが、それは、以下のような理由によるものである。

(1) 被告多賀は、昭和五八年三月二九日撮影の人物の写真について、Aの元勤務先に確認し、Aであるとの保証を得ている。

(2) 被告多賀は、同年四月三日、同日撮影の人物の写真をAの実家へ持参して確認を求めたところ、Aの母親はAであることを否定したものの、「昨日も娘を追いかけ回したそうではないか。娘が大変迷惑していると言つている。」と言い、取材で追いかけ回した人物と写真の女性が別人物であることはあり得ないから、写真の女性はAに間違いないと思つた。

(3) 被告多賀は、統一教会本部広報部長坂詰博(以下「坂詰」という)との電話での応対で、坂詰から取材撮影した女性のことについて抗議らしい申出を受けたが、坂詰が人違いを指摘できる立場にありながらコメントを保留したことから、写真の女性がAである可能性は高いと思つた。

三  抗弁

1  請求原因2の(一)に対し

公共の利害に関する事項については、何人も論評の自由を有し、その結果として被論評者が社会から受ける評価が低下することがあつても、論評者は名誉毀損の責任を問われることはないという公正な論評の法理が認められている。仮に被告多賀が原告主張のような言辞を述べたとしても、被告多賀の言辞は、公共性を有する統一教会の活動が、宗教活動というより経済活動であるという統一教会の実態について、その実態についての認識のない原告に知らしめるために自らの意見を述べたものであり、公正な論評の範囲内の言辞であつて、違法性が阻却される。

2  請求原因2の(二)に対し

原告は、自分が写されているのに気が付いているのに抗議をせず、黙示に承認していたものである。

3  弁済の提供及び弁済

(一) 被告らは、原告代理人弁護士本島信(以下「本島」という)らから、昭和五八年四月一八日付書面をもつて、本件フォーカス誌二六頁掲載の写真がタキマ・チエイコとは別人であり、誤写された原告が肖像権侵害及び掲載人物との誤認により著しく名誉を毀損されたので、その損害の回復措置をとるようにとの請求を受けた。

(二) 被告ら代理人弁護士多賀健次郎(以下「多賀」という)は、同年五月四日、原告及び本島に対し、フォーカス誌上において訂正謝罪広告の掲載及び原告に対する慰謝料の支払による損害の回復措置をとる旨回答した。多賀は、その際原告からそのころ新宿三越において開催されていたフォーカス展において本件フォーカス誌がバックナンバーとして販売されているとの指摘を受けたので、直ちに被告会社に右フォーカス誌の回収及び破棄を指示し、被告会社は、即時にこれを実行した。

(三) 多賀は、その後、本島から、被告会社フォーカス編集長の被告後藤が原告のほか統一教会並びに統一教会員及び関係各位に対して謝罪する文章を朝日、毎日、読売、東京の各新聞及びフォーカスに掲載することを求められた。

(四) 多賀は、同年五月二八日、本島に対し、被告会社がフォーカス誌上に「本誌4月15日号『“離婚”も奇々怪々』の記事中、二六ページ掲載の写真の女性は“タキマ・チエイコ”さんではありませんでした。訂正し、同女性にご迷惑をかけたことをお詫びします。」との謝罪文を掲載し、かつ、原告に対し、慰謝料として三〇万円を支払う旨申し入れたところ、本島から、統一教会に対する謝罪を付け加える意思の有無について打診があつた。それに対し、多賀は、その意思がないこと、しかし原告に対する慰謝料額については再考の余地がある旨を伝えるとともに、交渉に時間がかかつているので和解の成否にかかわらず被告会社は自発的にフォーカス誌上に謝罪文を掲載することを申し添えた。

(五) 多賀は、同年六月一八日、本島から、依頼者の説得が困難である旨の連絡を受けた。そこで、被告会社はフォーカス同年七月一日号六一頁に、

「訂正とお詫び

本誌4月15日号『“離婚”も奇々怪々』の記事中、26ページに掲載の写真の方は“タキマ・チエイコ”さんではありませんでした。訂正し、「世界キリスト教統一神霊協会」員であるこの方にご迷惑をかけたことをお詫びします。」

との謝罪文を掲載した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1については、否認ないし争う。

2  抗弁2の事実は、否認する。

3  抗弁3のうち、(一)ないし(五)の事実はおおむね認めるが、(五)の謝罪文は、原告の意思を無視した内容で、しかもあえて目立たないところに掲載したものであつて、到底謝罪文といえるものではない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1のうち被告小平についての仮定主張の部分を除く事実は、被告らにおいて明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

二本件記事の企画について

〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(1)  統一教会の主催する合同結婚式は、昭和五〇年ソウルで開かれて以来七年ぶりに昭和五七年七月一日ニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデンで二一〇〇組の新郎、新婦が参加して挙行され、次いで同年一〇月一四日ソウルにおいて五八三七組の新郎、新婦が集合して行われたが、被告会社は、統一教会の合同結婚式が社会的関心事であるとして、「週刊新潮」及び「フォーカス」に折に触れてそれを取り扱つた記事を掲載してきた。

(2)  アメリカ合衆国において発行されている週刊誌「ピープル」の昭和五八年三月一四日号(以下「本件ピープル誌」という)は、統一教会の合同結婚式でCheiko Takima(以下「タキマチエイコ」という)なる日本女性と結婚しその後離婚するとともに棄教したアメリカの男性についての記事を取り上げ、フォーカス編集部は、右ピープル誌を発刊直後に入手した。

(3)  フォーカス編集部の昭和五八年三月二三日に開かれ、被告後藤が主宰した編集会議は、右日本人女性の現在の状況や心境を取材することにより、合同結婚式のあり方について報道することを企画した。

以上の事実を認めることができる。

(4)  被告後藤、同多賀及び同小平が他のフォーカス編集関係者らと、昭和五七年七月一日ニューヨークで挙行された統一教会の合同結婚式において結婚しその後間もなく離別(日本の法律上では入籍しないまま離別)した旨本件ピープル誌に報道されたタキマ・チエイコの現在の生活状況を写真に撮影してフォーカスに載せるべく取材しようと企画したことについては、当事者間に争いがない。

そして、〈証拠〉によれば、

(5)  本件ピープル誌では、前記日本人女性の名はタキマ・チエイコと報道されていたが、フォーカス編集部がピープル編集部に問い合わせたところ、その女性は、鳥取県西伯郡に住む「A」なる女性であることが判明したこと(タキマ・チエイコがAであることについては、当事者に争いがない。)、そこで、フォーカス編集部次長田島は、被告多賀にAの取材を命じたことを認めることができる。

三原告から取材中の違法行為の有無について

1  〈証拠〉を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  被告多賀は、昭和五八年三月二五日鳥取県西伯郡○○町の町役場において調査したところ、Aの現住所が広島県広島市〈住所省略〉であることを知ることができた。そのうえで、被告多賀は、同日夜、右○○町のAの実家に赴いて、同女の両親と兄夫婦に会い、本件ピープル誌の記事のコピーを示して、その記事の写真の女性がAであることを確認し、さらに、Aが統一教会の教会員であること、Aが高校卒業後約三年間鳥取県米子市内の△△塗料店に勤務したこと、Aが現在広島で教会活動に専念していること等を聞き出した。

(二)  被告多賀からAがアメリカ人と結婚しその後離婚したことを聞いて驚いたAの母Bは、被告多賀が帰つた後で広島県広島市〈住所省略〉の○×館(以下、その所在地を含めて「○×館」という)にいるAに電話をし、右の点を問い質したところ、Aはそれを否定した。

(三)  被告多賀は、翌二六日鳥取県米子市内の株式会社△△塗料店米子営業所へ行き、同所長角田精造や従業員に対して本件ピープル誌の記事のコピーを示して右記事の写真の女性が三年余り前に同社を退職したAであることの確認を得た後、Aの現住所と思われる○×館を訪ねたが、誰もいなかつたので、夕方出直すことにした。

(四)  ○×館は有限会社廣文の寮であり、Aは、○×館の個室に居住し、同社の販売員から委託を受けて高麗人参茶・濃縮液の販売に従事していた。そして、広島弁護士会が昭和六一年一月に発行した、同弁護士会消費者問題対策特別委員会の成果をまとめた「かしこい消費者になるために」と題する小冊子(乙第六六号証)には、不安商法(店舗外における訪問販売の一形態で、消費者に「悪霊がついている。」等の不安を生じさせ、その不安に乗じて高価な商品を原価の二〇倍から数百倍の価格で販売する商法)の販売商品として、「(一) 印鑑・大理石の壺・多宝塔・大黒恵比寿像・指輪・水子の霊塔・数珠。(二) 最初は高麗人参茶・濃縮液や印鑑等の安価なものを購入させられ、次に『まだたたりが消えない』との理由でより高価な大理石の壺等を購入させられる。」の、不安商法の背景として、「広島県内での販売の多くは『有限会社廣文』によつてなされている。廣文は、『株式会社世界のしあわせ広島』から商品を仕入れている。世界のしあわせ広島社は、『ハッピーワールド』社の子会社でハッピーワールド社は、韓国の統一教会(原理運動はその学生組織)の資金調達機関であると見られている。」の各記載がある。

(五)  被告多賀は、昭和五八年三月二六日午後七時ころ再び○×館を訪ね、応対に出た男性に対して名刺を出してAに会いたい旨来意を告げたところ、その男性がAと同じ仕事をしている者だといつて「有限会社廣文、印相鑑定士、関根俊雄」の名刺を出し、「彼女は仕事に出ていて二、三時間後に帰つて来ると思う。連絡先を教えていただければ連絡する。」とのことだつたので、その男性に宿泊先のホテルの電話番号を教えて引き上げた。ところが、何らの連絡もなかつたので、被告多賀は、翌二七日昼○×館を訪ねたが、応対した女性は、「夜もう一度来てくれ。」ということだつた。そこで、被告多賀は、落ち合つた被告小平とともに同日午後七時ころ○×館を訪ね、身分を明かしてAとの面会を求めたが、応対に出た女性二名と男性一名が、「Aなどという女性はいない。」「関根なる人物も知らない。ここにはいない。」という応答だつたことからかなり激しい押し問答が続き、応待していた女性が警察に通報したため警察官が出動するさわぎになり、被告多賀及び同小平は引き上げざるをえなかつた。

(六)  被告多賀と被告小平は、通常の取材方法ではAに接触することはできないと考え、同月二八日朝から○×館の近くに車を停め、被告小平が同所へ出入りする同女らしい人物の写真を撮影していたところ、翌二九日午前六時ころ、○×館から出てきてジョギングをはじめたトレーニングウェア姿のAらしい人物の写真を数枚撮影した。そこで、被告多賀は、その写真を現像し、同日午後六時ころ前記株式会社△△塗料店米子営業所に行き、同営業所にいた前記角田精造らに右数枚の写真を示して確認を求めたところ、大方はニュアンスは異なるもののAに似ているという意見であつた。

翌三〇日被告多賀は一旦東京へ帰り、取材の結果を田島に報告すると、田島から引き続き取材するようにとの指示を受けた。

以上の事実を認めることができ〈る〉。

2  被告多賀がAの近況を取材するに当たり原告をAであると断定して追尾したこと及びその時原告が被告多賀に対して「自分はAではない。」と明確に否定したことは、当事者間に争いがない。そして、〈証拠〉によれば、被告多賀及び同小平は、前記関根俊雄なる男性からAも同じ仕事をしていると聞いてAが統一教会の資金源の一つといわれている印鑑販売に従事していると考え、Aと思い込んでいた原告(以下、とくに断わらない限り、この意味で原告という)が印鑑を販売しているところの写真を撮るべく、昭和五八年四月一日再び広島へ行き、翌二日から○×館の近くに車を停めて、原告が○×館から出てくるのを待つた。すると同月二日午前一〇時ころ○×館から原告が出てきたので、被告多賀と被告小平は原告に気付かれないようにその後を追つた。原告は広島市の繁華街へ出て美容院に入り、美容院から出てきたところを被告小平が写真撮影した。被告多賀と被告小平は、その後もひき続いて原告を尾行したが、同市基町のそごう百貨店内で原告に気付かれてしまつた。被告多賀と被告小平はなおも右両名をまくべく同市紙屋町二丁目内を歩きまわる原告を追尾しているうちに被告小平がはぐれてしまつたので、被告多賀は、原告に気持の悪い思いをさせるよりも名乗つて意図をいう方がよいと判断し、同町近くの河村病院において、原告に対し、「Aさんですね。」といつて話しかけ、原告から否定されたものの名刺を渡そうとしたが、原告から受け取ることを拒絶された。そして、被告多賀が本件ピープル誌の記事はあなたのことではないかなどというのを尻目に原告が右病院を出て行つたので、被告多賀は、同町二丁目内を抜けて通称本通り交差点に向つて小走りになつたりして歩く原告を追いかけながら、統一教会の人でしようと問い、原告がそれを否定するのを無視してあれは普通の宗教でないといつた趣旨の発言をしたりした、ことを認めることができる。

3  原告は、被告多賀は統一教会員である原告に対し路上において公然と「あなたは統一教会に欺されている。統一教会から抜けた方がよい。」などと執ようにその信じている宗教を誹謗中傷する暴言を吐いた旨主張し、〈証拠〉には右主張に沿う部分がある。しかしながら、被告多賀がいつたという右文言は右2で認定した状況の下でのものとしてはいかにも唐突である(被告多賀の発言が、例えば「あなたの結婚相手のCは統一教会を抜けたが、あなたは統一教会を抜けるつもりはないのか。」と原告の気持を尋ねたというようなものであつたとすれば、原告をAと思い込んでいた被告多賀の発言としてあり得なくもないといえるが、ただ原告に対し統一教会を抜けるように慫慂したものであるとすると、以上に認定してきたそれまでの被告多賀の原告に対する取材の流れからいつても、右2で認定した被告多賀と原告の言葉のやりとりの展開からいつても、全く異質のものであり、唐突にすぎるといわなければならない。)こと、〈証拠〉によれば、Aは、原告と、統一教会の広島教会で何度か顔を合わせたりとかしており、また、○×館でも何度か顔を合わせていることを認めることができるところ、原告はAを知らない旨供述したり、〈証拠〉によれば、原告は、前記本通り交差点を被告多賀とともに本通り三丁目方面に渡つた後、その追尾を避けるため交番にかけ込み立番中の警察官に人違いされて追いかけられている旨申告していわば警察の保護を求めながら、原告に続くようにして右交番に入つた被告多賀が警察官に事情を話している最中に、その隙を窺うように警察官に氏名・住所も告げずに右交番を出て行つたことを認めることができるが、原告は右交番を出て行つた理由を警察官が原告に対し帰つてよいといつたからと供述するなど、原告の供述中には不可解な部分が少なからずあること、それに対して、右2に認定した被告多賀の「あれは普通の宗教でないといつた趣旨の発言」は、原告をAと思い込んでいた被告多賀が統一教会員と思つていた原告に対し取材の動機ないし目的を自分の統一教会ないし合同結婚式に対する認識のままに述べたものとすれば、その当否は別としてその場の発言としてはそれなりに筋が通つていること、被告多賀は、右の発言の文言を正確には記憶していないとしながらも、原告が統一教会から抜けようが抜けまいがそれは個人の自由だから抜けろなどとおせつかいなことはいわない旨明確に述べていること、〈証拠〉によれば、原告代理人本島及び堀川文孝が被告らに対し昭和五八年四月一八日付内容証明郵便をもつて求めた原告に対する損害賠償の責任原因は、請求原因2の(二)及び(三)に見合うものであつて、同2の(一)については一言も触れられておらず、また、統一教会が同年五月一四日被告らに対し統一教会員である原告「に対して加えられた言語道断の人権侵害は即ち、統一教会員全体と統一教会に対して加えられた侮辱であり名誉毀損である」として交付した抗議文には、被告らの許し難い行為として三点が掲げられているが、請求原因2の(一)については何らの指摘もされていないことを認めることができることに照らすと、右〈証拠〉はにわかに措信できないし、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

四原告を写真撮影した違法行為について

1(一)  〈証拠〉によれば、被告多賀と被告小平は、昭和五八年四月三日朝、原告の行動をもう一度観察することにして、○×館の近くに自動車を停めて待機していたところ、同日午前九時三〇分ころ、○×館の方から歩いてくる原告を認めた。

(二)  被告小平がAの取材活動の一環として同日午前九時三〇分ころ、広島県広島市〈住所省略〉山本医院付近において、路上を歩行中の原告を望遠レンズ付きの写真機で撮影したことは、当事者間に争いがない。

2  被告らは、原告は自分が写されていることに気付いている様子であるのに抗議をしたりしないから、黙示に写真撮影を承諾していた旨主張するが、〈証拠〉中右主張事実を認めるに足りる証拠はない。却つて、〈証拠〉によれば、原告は右写真撮影に気付かず、したがつて、それに同意を与えていない事実が認められる。

3  プライバシーの権利として、何人も、承諾をしていないのに自己の容ぼう・姿態をみだりに撮影されこれを公表されないという法的利益を有している。そして、人は無断でその容ぼう・姿態を写されるだけで苦痛を感ずることがあるから、公表されると否とにかかわらず、撮影されること自体で権利侵害が生ずると解すべきである。そうとすると、被告らは、本件写真撮影行為によつて原告の右法的利益を違法に侵害したということができる。しかしながら、本件のように公表するために撮影し、しかも公表した場合には、両者はいうなれば手段と目的の関係にあるから、撮影と公表を別個の不法行為として評価すべきでなく、一連の一つの不法行為と考えるのを相当とする。

五編集出版過程の違法行為について

1(一) 〈証拠〉によれば、Aは、統一教会の広島教会に所属する教会員であること、原告は、右広島教会に所属する教会員で、○×館にしばしば出入りし寝泊りをすることもあつたこと、Aは昭和五八年三月末日ころ○×館を引き払つて愛媛県松山市に転居し、右転居後も高麗人参茶・濃縮液の販売に従事していること、原告は、同年四月二日、前記交番を出た後右広島教会に電話し、被告多賀に取材された状況を連絡したこと、Aは、右転居してすぐのころ、Bに電話していることを認めることができる。右の事実に前記三の1の(四)のAが同年三月当時○×館に居住していたこと、及び、前記三の1の(五)の被告多賀(一部においては、及び被告小平)の取材に対する○×館の住人らの応待振りを総合すると、被告多賀と被告小平のAに関する取材に対しては、Aないし原告並びにその周辺の者によるある種の対応策がとられたことを推認することができる。

(二)  〈証拠〉によれば、被告多賀及び同小平は、右写真を撮影した後再び原告の行動観察をすべくその後をつけようとしたが、それに気付いた原告が逃げ出したので、原告の行動観察をすることを打ち切り、被告多賀がその写真と前記昭和五八年三月二八日に撮つた写真を持参して、前記Aの実家近くに行き、Bにそれらの写真を示して確認を求めたところ、Bは、それらの写真に映つている女性はAでないと述べた。しかし、Bは、同時に、被告多賀から前に見せられた本件ピープル誌の記事中の写真もAではないような気がするといい、さらに、「きのうAから電話があつたが、Aはきのう変な人が来て追いかけ回されて困つたといつていた。Aを追い回すのはいいかげんやめてくれ。」といつていたことを認めることができ〈る〉。

(三)  〈証拠〉によれば、原告の眉間の下付近にはホクロがあるのに対し、Aのその部分にはホクロがないことを認めることができる。

2(一) 〈証拠〉によれば、被告多賀は、前記五の1の(二)のBに対する取材後東京に帰り、取材結果を田島に報告するとともに、田島と協議した結果、統一教会本部へ確認をすることになつたことを認めることができる。

(二)  〈証拠〉によれば、被告多賀は、昭和五八年四月四日午前一一時ころ、統一教会本部を訪ね、統一教会広報部長坂詰に会つて、本件ピープル誌の記事を示し、右記事が真実かどうか及びAが統一教会の会員かどうかについて尋ねたところ、坂詰は調査の上回答するということであつた。被告多賀は、右の件に関して坂詰から同日午後一〇時ころと同月五日午後四時ころの二回にわたり電話を受けたが、坂詰が一回目の時には、前記被告多賀らの○×館における取材の際の警察官の出動騒ぎを話題にし、二回目の時には、被告多賀の広島の教会員に対する取材について統一教会をインチキ宗教だとかいつて宗教の自由を侵すような言辞を弄したのではないかと抗議し、以後の取材を拒否したことを認めることができ〈る〉。

(三)  請求原因2の(三)の(1)の事実については、当事者間に争いがない。

六被告後藤、同多賀及び同小平の過失について

1  被告後藤、同多賀及び同小平の身分関係について擬制自白が成立していることは、前記のとおりである。

2(一)  〈証拠〉によれば、フォーカス編集部では、マスコミ等に政治的な行動や経済的な活動等について様々な形で取り上げられている統一教会の合同結婚式をやや奇異な宗教上の一種のデモンストレーションであると考え、合同結婚式で結婚した一組のカップルがほどなく離婚し、しかも一方の男性が統一教会を退会しているので、相手の女性の現在の状況や心境は右合同結婚式の中身を個別的により明らかにすることができ、公共性を持つた報道の対象になり得るから、その女性を承諾の有無にかかわらず撮影した写真による報道をすることができるとの認識を持つていたことを認めることができる。

しかしながら、仮に右女性すなわちAをその承諾の有無にかかわらず写真撮影することができるとしても、被告多賀及び被告小平は原告をAと誤認して撮影している以上、原告をその承諾の有無にかかわらず撮影することができるか否かに帰着し、原告をその承諾を得ずに写真撮影することが違法性を帯びることは先に判示したとおりである。そこで、問題となるのは、被告多賀及び被告小平が原告をAと誤認した点に過失があるかどうかである。

(二)  被告多賀及び被告小平が原告をAと思い込んだ理由は、如上の事実によれば、(1)Aが統一教会の教会員であつて、○×館に居住していること、(2)原告が統一教会と関連性のある宿泊施設と思われる○×館から出てきたこと、(3)原告の容ぼうが本件ピープル誌の記事中の写真に映つているAのそれと似ていること、(4)角田精造らAのもとの勤務先である株式会社△△塗装店米子営業所にいた者が昭和五八年三月二八日に原告を撮影した写真(この写真の撮影自体一個の問題であるが、そのことは一先ず措く。)を見て被告多賀に対しおおむねAに似ているという意見を述べたことである。しかし、(4)のもとの勤務先の上司、同僚らの意見は、Aが右勤務先を三年余り前に退職していることやAが比較的容ぼうが変りやすい年齢の女性であることを考慮すると、原告をAと断定する決定的材料とし得るか否か疑問である。そうとすると、被告多賀及び被告小平は、雑誌記者及びカメラマンとして、取材上原告にAであることを確認するなり、少なくともBその他の近親者や右もとの勤務先の上司、同僚らから、Aを特徴付ける身体的外観を聴取し、それと原告の身体的外観とを対比するなど人の同一性の確認について確実と考えられる方法をとるべき注意義務があるのにこれを怠り(原告には眉間下に比較的はつきりしたホクロがあるのであるから、右の注意義務を尽していれば原告とAを見誤ることはなかつたと思われる)、必ずしも十分とはいえない状況的な事実に基づいて原告をAと断定したものであるから、被告多賀及び被告小平には右の点について過失があることは明らかである。

(三)  〈証拠〉によれば、フォーカスは、写真を主体として報道する週刊誌であること、フォーカスは、以前にも盗撮りをして人違い事件を起したことがあつたこと、A取材の責任者であつたフォーカス編集部次長の田島は、昭和五八年三月二七日夜被告多賀から、電話で通常の取材方法ではAに接触することができないので今後は○×館に出入りする人を見張り、Aらしい人物の写真を撮影する旨の報告を受け右取材方法を了解したが、被告後藤にそのことを報告していないこと、フォーカス編集部には通常の取材方法がとれない場合において取材予定者と取材対象者の取り間違えを防止するためのマニュアルといつたものは作成されていないことが認められる。そして、フォーカスの同年四月ころの発行部数が一〇〇万部を超え一五〇万部に迫る勢いであつたこと、被告多賀が同月三〇日東京に帰り、田島に対して取材の結果を報告し、田島から引き続き取材をするように指示を受けたことは前記認定のとおりである。

(四)  以上の事実によれば、被告後藤は、フォーカスの編集長として、通常の取材方法がとれない場合における取材予定者と取材対象者の取り間違えを防止すべきマニュアルを作るなり、その作成が困難であるならば通常の取材方法がとれない場合には編集長の指示を受けるような体制を確立して右の取り間違えを防止すべき注意義務があるのに、これを怠つた過失がある。

3(一)  上来の事実によれば、被告多賀及び被告小平は、原告をAと思い込んで原告の写真を撮つた後、とかくの芳しからぬ噂のある前記不安商法に関与していると見込んだ原告の行動観察をしてこれをも報道の材料とすべく原告を尾行中、被告多賀が原告と接触する機会を得て、原告に対し、原告がAであることの確認を求めたところ、原告からそれを否定されており、また、被告多賀は、Bに右の撮影した写真を示してそれに映つている女性がAであることの確認を求め、Bから言下に否定されているのであるから、被告多賀には、雑誌記者として、被告多賀とほぼ同一の行動をとつていて被告多賀からその得た情報を提供されていた被告小平には雑誌カメラマンとして、原告とAの同一性の有無について一層の念を入れた確認作業をしなければならない取材上の注意義務があるのに、取材対象者が取材予定者であることを否定することがあることや、BからAからの電話の内容を聞かされたり、坂詰が被告多賀及び被告小平の取材内容を知りながら取材を拒否したことから、却つて原告をAであるとの思込みの念を深めて右確認作業をしなかつた過失がある。

(二)  ところで、〈証拠〉によれば、フォーカスは毎週金曜日に発行され、それに掲載された記事は、通常九日前すなわち前の週の水曜日に開かれた前記編集会議において決定された報道予定に基づいて取材されたものであるところ、本件フォーカス誌の本件記事は、取材が難航したため、前記のとおり、前々週の水曜日に開かれた編集会議において決定された報道予定に基づいて取材されたものであることが認められる。

(三) 被告後藤は、フォーカスの編集長として、問題のある取材については担当部員ないし担当次長から報告を求め、適切な取材であるか否かを判断し、不適切な取材であるときはそれを是正させる措置を講ずべき注意義務があるのに、被告多賀ないし田島から難航したAに関する取材について報告を求めなかつたか、求めたとしても安易にそれを鵜呑みにして漫然と本件フォーカス誌に本件記事を掲載する編集をした過失があるといわなければならない。

七損害

原告が昭和三一年三月五日生まれの結婚歴のない女性であること及び無断で写真を撮られた上追尾され、しかも右写真を本件フォーカス誌の本件記事中に統一教会の合同結婚式で米国人男性と結婚し間もなく離婚したタキマ・チエイコなる女性であるとして掲載されて名誉を毀損されたことは前記のとおりであり、さらに、〈証拠〉によれば、本件フォーカス誌は、前記のとおり昭和五八年四月八日に発売されたが、原告は、翌九日、本件記事を読んだ職場の同僚から、「結婚はしてるつて聞いていないけどほんとうはしていたの。」「本当はタキマ・チエイコさん。」「広島生まれではなく鳥取生まれなの。」とか言われたこと、実家の方でも知るところとなり、実母は将来の結婚について心配し、おりから広島県東広島市の市議選に立候補していた実兄からは、実家にしばらく帰らないように言われたこと、原告は、その影響の大きさに恐れ、外出するときにはしばらくの間サングラスを常用するほどの心理的圧迫を強いられたことを認めることができるから、原告が右の写真撮影及び写真掲載によつて精神的苦痛を被つたことを認めることができる。

しかし、本件記事は合同結婚式で結婚した「タキマ・チエイコ」として原告の写真が掲載されたのであり、原告自身の氏名は書かれていないこと、本件記事の写真が原告であると気がつくのは原告を知る者に限られること、掲載誌がフォーカスに限られていること、被告多賀及び被告小平が原告をAと思い込んだことの一因にAないし原告の周辺にいる者の被告多賀及び被告小平の取材に対する過剰ともいうべき対応策があり、また、原告が被告多賀の取材に対し被告多賀が人違いをしていることを知りながら、抽象的にAでないなどと述べるに止まり、被告多賀の人違いを是正させる手掛りとなる原告を特定するに足りる氏名、住所等を明らかにしなかつたこと等を考慮すると、被告多賀及び被告小平の原告をAと思い込んだ点についての過失が重大なものであるということができないこと等本件にあらわれた諸般の事情を総合勘案すれば、原告の精神的苦痛を慰謝するためには、金九〇万円の慰謝料の支払及びフォーカス誌上にしかるべき場所、大きさ(活字の大きさを含む)で誤記事の訂正と氏名を表示せずに原告に対する陳謝の意を表わす文章を掲載することをもつて相当とし、その上に被告らに対し、一般向け日刊四紙の全国版に謝罪広告を掲載する理由は存しないと考える。

八被告らの責任

1  以上の事実によれば、被告後藤、同多賀及び同小平は、原告に対し、民法七〇九条、七一九条により原告の右損害を賠償する責任がある。

2  被告会社がフォーカスを発行していること及び被告後藤、同多賀及び同小平が被告会社の被用者であることは前記のとおりであり、以上の事実によれば、右被告ら三名が人違いの原告を無断で写真撮影しその写真を本件フォーカス誌の本件記事中にタキマ・チエイコであるとして掲載したことが被告会社の事業の執行であるフォーカスの取材、編集及び発行についてなされたことは明らかであるから、被告会社は、原告に対し、民法七一五条一項により、原告の右損害につき賠償責任を負わなければならない。

九弁済及び弁済の提供の有無について

抗弁3の(一)ないし(五)の事実については、当事者間に争いがないと解される。右の事実によれば、被告らの原告に対する金員支払の申出は前記慰謝料支払債務の本旨に従つた履行の提供ということはできないが、フォーカス昭和五八年七月一日号六一頁の「訂正とお詫び」の掲載は、前記フォーカス誌上における誤記事の訂正と原告への陳謝表明の文章の掲載をする債務の履行として十分であるというべきである。

一〇結論

以上の事実によれば、原告の請求は、被告らに対して各自金九〇万円及びこれに対する本件不法行為の発生した日である昭和五八年四月八日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、右部分を認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官並木茂 裁判官楠本新 裁判官大善文男)

別紙謝罪広告

当社発行「FOCUS」昭和五八年四月一五日号「『離婚』も奇々怪々」の記事中、二六頁に掲載した写真は記事とは無関係の女性でした。 この誤りは、当社が世界基督教統一神霊協会に対して予断と偏見をいだいていたために同教会員である女性の主張を全く無視したことにより起きたものであり、再度このようなことが起きないよう配慮するとともに、当社は、右の取材過程においても同女性の信教の自由を侵害する侮辱的言辞を弄したことを認め、右女性に対して謝罪いたします。

昭和五八年 月 日

株式会社 新潮社

代表取締役 佐藤亮一

FOCUS編集長 後藤章夫

FOCUS編集記者 多賀龍介

FOCUSカメラマン小平尚典

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